サンシャイン




 その日監督は所用で朝から不在だったが、練習はその他のコーチングスタッフ によって通常メニュー通りに進められた。ミニゲームを2本行ない、その後はポ ジション別に分かれての練習になる。
「おーい、三杉くん」
 グラウンドの向こうからサブコーチが手を振った。
「今朝のあのデータ、持ってきてくれるかな」
「はい」
 こちら側のベンチに座って先ほどのミニゲームの記録をまとめていた三杉が、 その声に応えて駆けて来る。
 と、その途中で三杉はいきなりぐらりと体勢を崩した。
「…あ!」
 周囲からざわっと声が上がった。めいめいの場所に移動中だった選手たちは凍 りついたように足を止め、それから一斉に駆け寄ってくる。すぐ近くにいた数人 が急いで手を伸ばしてそれを支えようとしたが、三杉は既に意識を半分手放した ふうでずるずると膝をついたかと思うとそのまま地面に倒れこんだ。
「おい、しっかりしろ!」
「まさか、発作?」
 抱えていたボードは側に投げ出され、三杉はぐったりと目を閉じたまま苦しそ うに眉を寄せている。
「動かさないほうがいいんじゃないのか?」
「早く、救急車…」
 選手たちもコーチたちもおろおろとうろたえるばかりだった。
 すると――。
「ちょっとどいて」
 岬が、その人垣をかき分けて近づいた。そうして三杉の側まで来ると手に提げ ていたものを自分の前に構える。
「お、おい、岬、何をするんだ…!?」
 派手な音を立てて水が飛び散った。岬が持っていたのはアルミの大やかん。そ れに入れてあった水を、倒れている三杉の頭に思い切り浴びせかけたのだ。
 地面の上に、三杉が浴びた水が水たまりを作る。
 その中で、三杉が身じろぎをしたかと思うとゆっくりと目を開いた。
「三杉っ!?」
 あまりのことに呆然とするばかりの選手たちをよそに、三杉は目をぱちぱちさ せると大きく息を吐いた。
「もっとかけようか?」
 まわりの驚きには一切構わずに岬はやかんを持ったまま三杉を見下ろしてい る。その声がわかったのか、三杉は首を回して岬を見、それからそろそろと身を 起こした。
「…どうしたんだろう、僕は」
「わかんないのなら教えるよ。ミニゲーム1本こなしてその次はベンチでゲーム を記録、それから指示役であっちに走ったりこっちに走ったりして練習の面倒を 見て、その間日陰にも入らずにずっと陽を浴び続けたんだ。倒れるの、当たり前 だろ」
「ああ」
 三杉はそれを聞いてやっと自分をもう一度見直した。地面の上でびしょ濡れに なっている自分を。
「日射病か…」
 つぶやいた三杉の言葉にまた周囲がざわめいた。心臓発作かとあわててしまっ た彼らには安堵のこもった驚きとなる。
「というより、熱中症。あれじゃ君でなくたって倒れるよ」
 三杉が立ち上がろうとしたのでまわりから急いで手が伸ばされた。それに対す る礼を言ってから三杉は正面の岬に向き直る。
「君も、ありがとう」
 礼を言われると岬はさらに不機嫌な顔になった。
「まったく自分のこともっと気を遣わないとダメだって言ってるのに。夜だって 睡眠時間削って試合分析してるんだろ、どうせ・・・」
 誰もが唖然としている間に三杉の手をとると、それらを一切振り返ることなく 岬はひさしのあるスタンド席までぐいぐい引っ張って行った。
 そのぶつぶつと文句を言い続ける声は遠くなってしまったが、そこの席に三杉 を座らせて大きな帽子をぽんと頭にかぶせ、さらにうちわとペットボトルを押し 付けてなおも何かしきりに言い聞かせている後ろ姿が、こちら側で何もできずに 立ち尽くすばかりの選手たちからも見える。
 しかも三杉は言い返しも抵抗もせずに、髪からぽたぽたとしずくを垂らしなが ら黙ったまま嬉しそうな顔でそんな岬にされるがままになっているし。
 やがて岬はこちらに駆けて来た。が、確認するように途中でもう一度スタンド を振り返る。座っている三杉がにこにこと手を上げた。
「反省してんの? 今度やったら許さないよ!」
 びしっと指を突きつけてみせる岬に対して、向こうから三杉はまた笑顔を見せ て手を振る。岬はぷいとそっぽをむくと駆け足でグラウンドに戻って来た。
「…なに?」
 まだその場でたまっていた選手たちは岬と目が合うとあわてたようにそれぞれ 散って行く。同じほうに向かう翼が岬と並んで付いて来た。
「岬くん、エライ」
「え?」
 並んでその頭をいいこいいこする翼に、岬は怪訝な目を向けた。
「エライけど、過保護」
「翼くんたら」
 思い切り笑顔を向けられてなぜか岬は目を落とし、口の中で小さく反論した。 「あれくらいでちょうどいいんだ」
「そうだよね」
 振り返って翼は遠くの三杉にも大きく手を振った。そうしておいて岬の顔をま た下から覗き込んだ。
「ちょうど、ちょうど」
「翼くんっ?」
 降りそそぐ太陽の光の下のそんなひととき。


end