白い炎





「逃げないわけ?」
「なんでおまえから逃げないといけないんだ」
 おまえごときから。
 そう言っているも同然の俺が嬉しいのか、こいつはくすくすと笑いをもらす。 「俺、肉食獣だぜ」
 唇を鎖骨に落として、吐いた小さな息と一緒につぶやきが聞こえた。
「おまえを食っちまうから、いつか」
「いつか?」
 勝手にさせながら、俺は冷静だった。
 これはただの挑発だ。それは誰よりもわかっている。
 挑発して、乗せておいて、そしてするりと手から逃れる。体は逃げない。逃れ るのは心。
「俺を食うつもりなのは知ってるさ。だが、思い通りにはさせないからな」
 逆に腕を伸ばして逃げない体を抱き寄せると、こいつはその反動を使って顔を 覗き込む。
 黙って、じっと、
 俺を見るその目が、
 熱くて、そしてその奥底が凍っている。
「……じゃあ、やってみれば?」
 逃げられるなら、逃げてみろ。
 そう答える代わりに、俺たちは長い時間を紡いだ。
 冷たくて、熱いキス。
 ナイフで切り合うように。

end