ロビンソン





「えーっ、またそれ?」
「しかたないよ。記事内容は向こうに任せるしかないし」
「頭悪い質問ばっかり」
 ガラステーブルに乗せられた1枚の紙をペラリと手に取って岬は不満を口にし た。
 三杉もそれに関しては岬と同意見らしく苦笑している。
「あいにくサッカー専門誌じゃなくて十代向けの総合娯楽誌だからね。ほら、同 じ世代の代表選手を紹介して身近に感じてもらおうって企画さ」
「身近に感じられたらすごいぜ。ほら、一樹の回答見てみろよ」
 東邦山からファックスで届いたアンケート用紙。すぐには下界に顔を出せない ことを見越して一番に回答を寄越して来たのだ。
 松山はさっきから自分のアンケートにせっせと回答していたが、こちらの二人 の会話に顔を上げると、脇に置いてあった反町の回答文を目で指す。
「えーと…『今いちばん欲しいものは何ですか?』」
 岬は手を伸ばしてそちらを取り上げた。
「『NORADのメインコンピュータのバックドアパスワード』…やれやれ、相 変わらずだな」
 反町の趣味についてはこの岬が一番良く承知している。と言う以前にしっかり 利用しまた利用される仲だ。北アメリカ航空宇宙防衛司令部に密かに入り込んで 何をしようとしているのかはおおよその見当がついた。
「で、松山は何て書いたの?」
「ああ、俺か。今迷っててな。二つあるうちのどっちにしようか」
「二つって?」
 三杉も興味を示す。
「運と体力」
「…なるほど、確かに迷いそうだ」
「十分持ってるじゃない、既にっ!」
 岬は心の中で叫ぶ。落ち着いた顔でうなづいている三杉を横目で睨みながら。 「僕も迷うかな。一つは細胞免疫抗体…」
 ガタン、と音をたててついに岬が立ち上がった。
「やめてよ、それ、シャレにならないからっ」
「ジョークだよ」
 にこにこ。
「じゃ、こっちは? 『無人島に3つ持って行くなら』」
「またそれもベタな…」
 松山が気にせず続きを促すので、岬は座り直した。
「反町はなんて?」
「パソコン一式と高速回線とアクセスポイント、だって」
 三杉がファックスの回答を読み上げる。
「ふう、そんなことだろうと思った」
「これじゃ家にいても無人島にいても変わらないねえ」
「俺はもう決めたぜ。ちゃんと無人島ライフのこと考えて」
 松山が自慢げに言ったので岬と三杉も振り向いた。
「ファミレスと牛丼屋と回転寿司!」
「ぶっ」
 岬は絶句し、三杉は苦笑した。
「光、無人島ってことは君しかいないんだからその店も無人だよ。最初に材料ご と用意してもらっても後が続かないじゃないか」
「あ…そうか」
 松山はすぐに納得した。
「じゃあ、淳、おまえは?」
「そうだなあ…。君の方式で行くなら、図書館、ネット環境、あとは温泉かな」 「おっ、温泉はいいな。スパになってて露天風呂とか何種類も浴槽があるヤツな ら俺も欲しい」
「…なんだか無人島リゾートになってきてない?」
「なら岬はどう書くんだ?」
「えっ? えーとね」
 聞かれてやっと岬も自分の回答を考えた。
「まずは、ボール?」
「おおっ、それは盲点だった! そいつはないと困るぞ」
 松山は顔を輝かせた。これまでは衣食住、特に「食」しか考えていなかっただ けに。
「けどボールだけじゃな。一緒にサッカーのできる相手がいないと」
 振り返って松山は三杉に目を止めた。
「じゃあ、俺、ボールと一緒におまえも。そしたらサッカーもできるし他にもい ろいろできちゃうぜ!」
「いろいろね」
 ふふふと楽しげに、そして怪しげに笑顔を交わす二人に岬は引きかける。その 気配に気づいたのか松山が岬を見た。
「岬もよかったら入れようか? まだ枠が一つ余ってるし」
「ボクは穴埋め? どっちにしても君たちと一緒に無人島なんて冗談じゃない」 「だったらこれはどうだ? ボールと、サッカー場と、そして俺たち代表チー ム」
「そんなのアリならもう無人島じゃなく代表合宿地になっちゃうじゃない!」
 岬の叫びに、その場はしんとした。めいめいに想像しているようだ。
「――いい無人島になりそうだね」
「おー、絶対これ、いける」
「こんな質問だもん。こんな回答でちょうどいいかも」
 というわけで、某雑誌の北京五輪目前特集のアンケート企画は壊れまくり回答 で埋め尽くされ、すべてジョークだと受け取った読者にはとっても親近感を与え たと。
 そういうことにしておきましょう。


end