オーバードライブ





「俺さ、今さら実感するんだけど」
 ため息をつくような調子で翼はつぶやいた。
「俺、サッカーがすごく好きなんだ」
「そうか」
 全然別のほうを向きながら日向が応じた。
「そりゃよかったな」
「なんだよ、それ」
 ちょっとぶっきらぼうな日向の返事に翼は顔を上げた。
「そういう日向くんはどうなの。サッカー、好き?」
 日向はちらりと翼のほうに目をやったが、また興味なさげにそっぽを向く。
「当たり前だろ」
「ふうん。当たり前なんだ」
 翼はそう言いながらそんな日向の顔を窺った。
「…で、好きなの?」
 反応しない日向の前に回りこんで、翼はしぶとく促す。
「ほら?」
「好きだって言ってんだろが」
 目の前に迫る翼に、ついに日向が大きな声を出した。
 が、翼は少し首を引っ込めながら笑顔になる。
「へへ」
「何だよ」
 今度は日向のほうがそんな翼の反応に目を見開いた。
「ん〜、ちょっと嬉しかっただけ」
「ちっ、変なヤツ」
 じわじわと、ほんのわずかずつ、空気が波立つ。翼と日向の背後の、見えない どこかから。
「も〜〜〜〜っ」
 その波がついに砕けた。
 ガマンが限界に達したチームメイトの叫びだった。
「そういう会話は、どっか誰もいないところでやってくれない?」
「まったく、周囲のことも少しは配慮したまえ」
「え? 何が?」
 しかし、振り返った翼と日向はきょとんとしていた。
 移動中の貸し切りバスの最前列に座っていた二人はその通路の奥を振り返りな がら目を丸くしている。
「俺たち変な話とか、してないよ? サッカーの話、してただけだし」
 抗議の意味はまったくわかっていない様子だ。
「気づいてないのか…」
「自覚があるなら俺たちは苦労しないって」
「だからこその凶悪さだな」
 最前列からできうる限り間を空けて後部寄りに固まって席を占めているチーム メイトたちはすっかり諦めの境地にいた。
 天然きわまりない二人に投げやりな祝福の言葉を低くひそひそとつぶやいて、 後はひたすら耳をふさぎ続ける決心を固める。
 唯一平和だったのは、乗客たちの言葉がわからない現地人の運転手のみで、終 始ゴキゲンで歌い続ける鼻歌だけがバスの中にのんきに流れていた。


end