スーパーノヴァ
今日も合宿所の談話室では東邦がかたまっていた。普段の学校生活そのものが
隔離状態なので、そういうクセが染み付いているらしい。
「お茶、いります?」
最後にその場に加わった若島津が、持って来た盆を置く。
声を掛けられたのは、テーブルに頬杖をついて1人でぼーっと宙を見上げてい
る日向だ。問い掛けには、うう…とか何とか、意味のない声を上げるばかりであ
る。
「なにやってんです、一体」
「考え事らしいよ」
その日向の向かいに掛けて、テーブルに倒した上体をあごだけで支えた姿勢で
反町が応じる。当の本人は無反応だ。
「何の」
持って来た人数分の湯飲みに茶を注ぎながら、若島津は興味なさげにつぶやい
た。
「さあ?」
反町も同じく興味はないらしくテンションは上がらない。
「あんたは考えてるつもりでも実際に頭は働いちゃいないんだから、それは考え
事とは言わないでしょ」
「ふー」
ひどい言われようだが、日向は怒った様子も見せず、目の前に置かれた湯飲み
を手に取る。
「…しかしわからねえ」
「はいはい」
若島津は隣に座って自分の茶を飲み始める。それでスイッチが入ったのか、日
向がぽつりと口を開いた。
「俺はどうしてもあいつには負けたくねえんだ」
「知ってますよ」
若島津の合いの手にはあまり感動があるとは言えなかった。
「だからあいつの姿を見るとな、なんかこうムカーってか、イラッてか、モヤー
ってかしちまってよ」
「モヤーはマズいんじゃないかなぁ」
反町の感想は独り言になっている。
「あいつが走ってたりなんかするとつい追いかけてって殴りたいような、後ろか
らとっつかまえたいような衝動があってよ」
「それはまあ過激っつーか」
反町は若島津と目を合わせてうなづいた。
「できればやめといたほうがいいですよ、それは。あんたの無事のために」
穏当なアドバイスをしているようだが、やはり投げやりな空気は変わらない。
日向はそれには構わずさらに続けた。
「話す時だって自分じゃ普通に答えようって思ってるんだが、どうもつい乱暴な
言い方になって、話がろくに続かねえんだ」
1人で勝手に色々と並べてみて、日向はまた考え込んでしまう。
「…目の前にいてもなんかイライラして、いない時にも思い出しては落ち着かな
くなって、まったく手に負えねえ」
「日向さん」
その時、さっきからずっとただ1人真剣に日向の話に聞き入っていたタケシが
突然口を開いた。
「それは恋です」
「あ…?」
あまりにきっぱりと言われたので日向は顔を振り向けて固まる。若島津と反町
も同じく動きをぴたりと止めた。
「お話を総合するとそれしかありません。それは明らかに恋です」
真剣な眼差しで日向を見つめて、タケシは何の迷いもなく告げる。先輩達より
も2才年下の彼は、非常に冷静かつ現実的な性格をしていた。
「タ、タケシくん。君、日向さんが誰のことを言ってるか、わかってる?」
「はい、もちろんです」
振り向いてにこっと笑うタケシの顔は非常に神々しかった。
「代表に招集されるたびに日向さんいつも同じこと言って悩んでますから僕でな
くたってわかりますよ」
「そうか。……そうだったのか」
と、こちらで呆然としていた日向ががばっと立ち上がった。
「そうそう、そうですよ、日向さん」
「ほんとに毎度毎度、進歩がない人だ」
日向が嵐のように走り去るのを見送りもせず、反町と若島津はし〜んとした中
で茶をすすり続けた。
「ん、ちょっと待てよ?」
と、反町がはっと目をみはってゆっくりと若島津の顔を見る。
「タケシってさ、確か俺達とは一つ下の代表にいるんじゃなかったっけ。そっち
でキャプテンやってるはず…」
「……!」
2人同時に、タケシのいた席を振り返る。
そこには湯飲みだけがぽつんと置かれていた。手がつけられないまま既に冷め
てしまった茶が。
「タケシ…」
「なんて、なんて律儀で責任感のある奴なんだ〜!」
反町は頭を抱え込んだ。若島津も大きくため息をつく。
「日向さんがいつもあれだから、タケシも見てられなかったんだな、生き霊にな
ってやって来るなんて」
ああ、ありがとうタケシ。俺達にはもう手の付けようのない日向さんにきっち
りと説教しに来てくれて。
頼もしくも恐ろしい後輩に向かって、2人は遠い空に思わず手を合わせたのだ
った。
end
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