名前をつけてやる





 ボトルは既に数本が空になっていた。
「はい、もっと飲んで」
「僕は君みたいに強くないんだけど」
「大丈夫、これくらいのワイン」
 三杉はグラスを見ながらちょっとため息をつき、そして口をつけた。岬のほう はまた自分でグラスを満たしてはぐいっとあおっている。
「だからさ、さすがにマズイと思うんだよね」
 口調は乱れることなく、しかし酒の勢いを加速させながら岬は力説し続ける。 「2人だけにさせちゃいけないんだ、そもそも。誰もストップかけられなくなる わけだろ? 一般常識はないし考えるより先に直感だし、ただ勢いだけで突っ走 ってくし。ボクらがいくらフォローしたって追いつかないよ」
「…うん、そうだね。確かに」
 三杉の声からだんだん力が抜けていく。
「あれが無害な一般人ならまだしも、2人揃ってあのバケモノっぷりでフルパワ ー出されちゃ周囲はたまらないってこと、自覚してほしいよね。何かあってから じゃ遅いんだから。そうだろ?」
「……ん〜?」
 岬はその頼りない相槌にようやく気づいて隣を見る。三杉はとうとう頭を垂れ てふわふわと揺れ始めていた。
「なに、三杉くん、もうダメなの? 弱いなあ。ほら、起きて」
「……」
 揺すろうとした岬のほうへ、三杉はことりと倒れかかってきた。
「ちょっと、やめてよ! 三杉くん?」
「…クプクプ」
 三杉は乱暴に押し戻されてわずかに目を開いた。しかし、その口から出てきた のは意味不明な言葉。
「な、何がクプクプなんだよ! 三杉くんのくせにそういうわけのわかんない寝 言はありえないでしょ! ちゃんと起きてちゃんと意味のあることを言ってって ば!」
 まっすぐ前の何もない宙をぼーっと見て、三杉はまたこくりと頭を落とした。 今度は完全に岬の隣に突っ伏して。
「……」
 それを無言で見下ろす岬。眉間のしわが深まる。
「ちょっと」
 動きはない。
「三杉くん?」
 やはり動かない。
「そういう真似をするなら、襲っちゃうからね!」
 耳をつかまれて怒鳴られても、三杉の反応はない。ただ口だけがわずかに開い た。
「く〜」
「ふーん、そう。『ク〜』なわけ、言いたいことは。どうぞご自由にって、そう いう意味だよね」
 岬は相手の反応を見るのをやめ、勝手にごろんと仰向けにした。
 と、いきなり三杉が両腕を上に伸ばして岬を抱え込んでしまう。
 岬はあわてた。
 なにしろ、この状態で、三杉は熟睡し続けているのだ。条件反射というやつだ ろうか。
「こ、こらっ! 襲うのはボクのほうなんだから。この酔っぱらい!」
 自分のほうが何倍も飲んだくせにこの言い方はいかがなものか。
「クプクプ…」
 しかし、三杉は力いっぱい岬を抱きしめたまま、また寝言を言うばかり。
「いい? ボクはクプクプでもク〜でもないんだから、放せったら放せ〜!」
 ヤケ酒に付き合わせるにはもっと互いの酒量を考えるべきだったことを後悔し てももう遅い。
「…もう、重いし〜」
 岬はついに諦めて動きを止めた。酔いつぶれたのは1人だけだが、この際一緒 につぶれるしかなさそうだった。
「それに暖ったかいし……柔らかいし…」
 はて、岬くんも今頃酔いが回って来たのだろうか。ソファーの上に一緒に丸ま って、やがてゆっくりと目を閉じる。
「今日だけ、特別に君のクプクプになってあげるよ。何なのかは知らないけどさ …」
 岬のつぶやきも、そのまま寝言になっていった。
 
end