仲良し
「こっちよー!」
スタンドの少し下に見知った顔が手を振るのが見えた。美子は足を止めて微笑
む。
「ああ、よかった、間に合って」
席を立って弥生は階段を駆け上がって来た。通路の途中で美子と両手をつなぎ
合わせて上下に振る。
「ごめんね、弥生ちゃん。飛行機が遅れたのよ」
「それはいいの。ああ、久しぶり!」
今度は手を離して両腕にぎゅっと美子の体を抱き締める。
「代表戦の時くらいもっと会えるといいのに。半年ぶりよ、もう」
「ふふ、私も会えて嬉しい」
「…あらっ?」
にこにこと抱き締められている美子だったが、弥生が突然体を離して声を上げ
る。
「ねえ、美子ちゃん、また胸が大きくなってる!」
じっと注がれる視線は美子の胸元に。
背後では弥生と同席していた武蔵高の一団が激しくどよめいている。
「え? そ、そうかしら…」
美子もつられて思わず自分の胸に目を落とした。
「絶対よ! CカップからDにはなってるわ!」
「え、えーと」
弥生は両手をいきなり美子の胸に当ててぱふぱふと。
「あっ青葉さん〜!」
声にならない声を上げている男性陣はまったく無視である。
「いいなあ、私もそれくらい欲しいなあ〜」
「弥生ちゃんはスタイル良いから、そっちのほうがうらやましいけど」
「だめだめ」
弥生はちょっと眉を寄せてからまたぎゅっと美子にしがみついた。
「女の子は抱き心地がいいのが一番なんだから」
ぎゅー。
その抱き心地をうっとりと独占している弥生に美子はちょっと苦笑した。
「それより弥生ちゃん、再会のキスは?」
「あ、そうそう!」
にっこりと顔を見合わせる二人に、また武蔵高サッカー部のメンバーたちは青
ざめる。
「いつものあれ、お願いね、外国のキス」
「はいはい」
美子は手を弥生の両肩に置いて顔を寄せる。弥生の左頬に、そして続いて右頬
に唇を近づけてチュッと小さく音をたてた。弥生もそれに合わせて頬を触れさせ
る。
「美子ちゃん上手〜い。やっぱり本場よねえ」
「こんなの喜ぶの、弥生ちゃんくらいよ」
またきゃっきゃっと手をつなぎ合う女の子たちを、もうぼんやりと見ているし
かない不甲斐ない男子高校生たち。
「女って、ああいうのが普通?」
「俺に聞くな…」
「スキンシップだよ、そうだよ、そういうことにしとこうよ」
通路から席まで降りてきて隣同士に座った弥生と美子を心理的に遠巻きにする
彼らのアイコンタクトはなぜか通じ合っていた。
「泊まってくでしょ? また一緒に寝ましょうね」
「ええ、ありがとう、弥生ちゃん」
えーっ、あっちは無視ですかー?と指さす先では、ちょうど両チームの選手た
ちが列を作って入場してくるところだった。
「あっ、あそこ!」
「がんばってねーっ!!」
青いユニフォームを着た14番と12番に一緒に声をかけながら、また二人の
少女は顔を見合わせて笑った。
「あれはあれ」
「これはこれよねー」
とてもじゃないが、これ以上は関わらないほうが身のためと悟ってしまった武
蔵の皆さんだった。
end
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