Na・de・Na・deボーイ





 合宿は3日目の日程を終えた。
 新しく招集される代表候補の合宿だ。
「候補、なんだよな…」
 心の中でつぶやくと自然にため息が出た。
 新田は空を見上げる。もう日は落ちていたが夏の空の透明な青はまだ闇に陰っ てはいなかった。浮かんだ雲だけがその輪郭を濃くし始めている。
 ジャージ姿でコンクリートの壁にもたれ、地面に直接座り込んでいると、しん しんと孤独感が足元から這い上がってくる気がする。
 宿舎の賑わいの中にいるのがいたたまれなくて、一人で考え事がしたくて足の 向くままにここまでやって来たというのに。
 合宿は明日が最終日。候補として集められた25人の中から、18人が決定す る。振り落とされるのは約4分の1だ。
 新田は仰向けのまま頭をこつんと壁に当ててまた息を吐いた。
 自信満々でやって来た自分だったが、この合宿では自分の欠点ばかりが露わに なった気がする。そしてそう感じたのは指導陣も同じだったらしく、合宿2日目 にはサブチームのビブスを渡され、今日3日目もそれは変わらないまま終わっ た。
「くそ…」
 自覚があったから余計に口惜しい。
 手探りで地面の小石をぎゅっとつかむと、新田はそれを思い切り投げ上げた。 「え?」
 どこかで声がしなかっただろうか。新田ははっと我に返った。
「誰だ! 痛いだろっ!」
 声は遠いが、それは怒りの叫びだった。
「誰だよ、そっちにいるのは!」
 いきなり壁越しにどしんと衝撃が来る。ちょうど新田がもたれていたあたりの 壁の向こう側に人がいたらしい。
「知らねえって! 誰かいるなんて知らなかったんだから」
「……」
 一瞬、相手の声が途切れた。が、すぐにまた壁を蹴る衝撃が来る。
「新田だな? 人に石をぶつけといて、謝れ!」
 その声に新田は相手が誰なのかようやく知った。
「佐野か? おまえこそ蹴るんじゃねえ!」
「ならこれでも食らえ!」
 新田の頭上に石が降って来た。いくつかが頭や腕に当たる。
「なにしやがんだ!」
 落ち込んでいたところにけんか腰のやりとりになって、自分へのあせりや怒り の感情が一気に爆発した。
 座っている周囲の地面から、今度は意識して石を拾い上げる。それを壁の向こ うに投げ入れるとすぐにまた同じような石が投げ返されてきた。
「ちきしょー」
 新田は手近にもう石がなかったので座ったまま両腕を前に伸ばして足先のあた りをさぐった。下を向いてそうやっていると、なぜか視界が霞み始める。
「俺だって…落ち込みたくて落ち込んでんじゃねえんだ…」
 八つ当たりだと、自分でもわかっていた。それがさらなる自己嫌悪になって新 田の感情をかき乱す。
 石はない。探っていた指先がゆっくりと止まり、新田はついに自分の膝の上に こつんと頭を落とした。
 と、その瞬間、後頭部にガシンと衝撃が来る。
「いてーっ!」
 びっくりして身を起こすと、そこには佐野がむっつりと立っていた。
「反撃は終わりか、もう」
「う…だって」
 新田は急いで目をぬぐった。
「石がなくなったから、俺はこれで来たんだぞ」
 佐野は自分のこぶしを見せる。さっき新田の頭がくらったのはどうやらこれだ ったらしい。
「おまえも自分のゲンコがあんだろ? 反撃すりゃいいんだ、そいつで」
「ゲンコ…」
 新田は目の前でこぶしを握りそれをぼんやりと見つめた。佐野はうなづく。
「おまえばかり落ち込んでると思うなよ。俺だってサブ組から抜けられないまま なんだ」
「……」
 新田はこぶしからはっと顔を上げて佐野に視線を移した。薄闇の中でも、佐野 の悔しそうな表情ははっきりとわかった。
 こんな場所まで来て一人でいた理由は、お互いに同じだったのだと新田は知 る。
「悔しいけど、それでも結果を出すのは自分しかいないんだ。明日、最後のチャ ンスを俺は逃がす気はないからな。さあ、せいせいしたいならゲンコで来い― ―」
「佐野…」
 その言葉が終わる前に新田は飛び掛った。飛び掛って、佐野の頭にぎゅっとし がみつく。
「おいっ、新田っ!」
「うう〜」
「人の頭の上で泣くなっ! それに、泣いてる暇があったら攻撃してこい!」
 佐野は握りしめた両手でそんな新田の体をぽかぽかとなぐって抵抗したが新田 があくまでも離さないのでついにそれも諦めた。
「しょうがないヤツだなあ。悔し泣きなら俺は付き合わないぞ。勝手に一人でめ そめそしてろ、まったく」
 とは言いつつも、佐野の気分も新田と大差はない。先に泣きつかれてしかたな くなだめ役にまわってしまっただけだったのだ。
「――諦めない、俺…」
「当たり前だ」
 佐野は半分うんざりしながらもそんな新田の頭をよしよししてやった。
「ほ〜ぉ」
 そんな姿を少し離れたこちら側からじっと覗いている先輩たちがいたのを2人 はもちろん知らない。
「なんか知らないけど、アツアツじゃん?」
「呼びに来たのに、声掛けにくいよなあ」
「気をきかせるより夕食優先だろ」
 合宿の最後の夜、彼らが夕食に間に合ったかどうかは先輩たちの結論にかかっ ていた、ということで。


end