マフラーマン
「東京の初雪って、遅いんだな…」
松山の声に、三杉は顔を上げた。部屋の窓にはりついたままさっきから外を見
続けている松山は、さっき帰宅した時の興奮状態とは一転してその言葉も独り言
に近かった。
「そりゃ君の所よりはね。年を越してから初雪ってことも多いくらいだ」
「ふうん…」
雪が舞い始めたことを報告しながら飛び込んできた時は、一日家に閉じこもっ
ていた三杉を今にも外に引っ張って行きそうな勢いだったのだが。
そう思って三杉はちょっとだけすまない気持ちになる。
すぐにやむと思う、なんてさっき言ってしまったことを。
「これじゃ積もりそうにないな」
やっぱり、と口の中でつぶやいて、松山はようやく窓から離れた。
「雪だるま作れるくらい積もることってないのか?」
「たまにそういう年もあるよ。それだとここらじゃ大雪扱いだね」
「そうか」
三杉のそばまで歩いてきた松山は、言葉を交わしながらその前を素通りしてそ
のままドアに向かう。
「え?」
ぽかんと振り返る三杉に、ドアを開けながら松山はにやりと笑ってみせた。
「雪だるま、作ってくる」
「え、でも…」
問い返す間もなく松山は部屋を出て行ってしまった。
三杉はさっきまで松山が見ていた窓を見やる。申し訳程度にちらちら舞う雪は
さっきより確かにまばらになってきたようだが、灰色の空は光を通すこともなく
いかにも寒々とした様子のままだった。
いくら寒さには強いと言っても、わざわざこんな時に出て行ってどうする気だ
ろうか。
少し考えてから三杉は窓辺に近寄った。
「あんな所に…」
見下ろすと庭に松山の姿があった。ニットのキャップにストライプのマフラー
をしてじっと立っている。何かを見ているようだが…。
「何をしてるんだろう」
やがて松山は歩き出した。手前のテラスから土の上に降りて、うっすら白くな
っているその上をゆっくり進んで行ったかと思うとくるっと向きを変えてまた進
む。うろうろと庭の中を歩き回るその姿は、何をしようとしているのかさっぱり
わからない。
「散歩…?」
にしてはやっぱり変だ。
そんな三杉の声が聞こえたかのように、その時松山が顔を上げて2階の窓を見
上げた。
そこに三杉がいることを認めて軽く手を上げてみせる。
それから松山は立ち幅跳びのようにぴょんと跳んで、脇の生垣のそばに立っ
た。
植え込みの葉の上には地面よりも多めに雪が積もっている。1センチもないそ
の薄い積雪を手でそーっとかき集めて松山はぎゅっと握り固めた。
そうして庭を振り返り、狙いすましたようにその雪玉を投げる。
「あ!」
その時、三杉は気づいた。
今のは…。
その予想通り、松山はまた生垣の雪をすくってもう一つ雪玉を作った。それも
同じように庭に投げる。さっきと少し離れた位置を狙って。
そのコントロールに満足したのか、松山がちょっと得意げな様子でまたこちら
を見上げた。
三杉は急いで窓を開ける。
外の刺すような冷気も忘れて窓から身を乗り出す。
「口は、どうするんだ?」
「いいよ、こいつ、無口なやつってことで」
松山は笑顔で手を振り返した。
三杉は庭を見下ろして、ふう、と息を吐いた。
土を薄く覆った雪の上に松山の足跡が黒く線を描いて、そこには大きな雪だる
まの絵ができあがっていた。
その目の部分には、さっきの雪玉が2つ転がって、ちょっとユーモラスな表情
を作っている。
「どうだ?」
松山は胸を張った。
「東京でも、でかい雪だるまは作れるだろ?」
「本当だね」
思わず笑みがこぼれる。
「わかったから、もう戻って来れば? ここからのほうがよく見える」
「おう!」
元気にそう叫び返してから、松山はふと自分のマフラーに目を落とした。くる
くるっとそれを外し、再び狙いすまして両手で投げる。
さっきの雪玉と違って狙うのは難しく、そのマフラーはふわりと少々妙な形で
地面に着地した。描かれた雪だるまの首のあたりに。
「これで、らしくなっただろ」
「そういうことにしとこう」
マフラーまでなくなってしまった松山を急かしてから三杉も急いで窓を閉め
る。ぶるっと小さく震えてから、三杉はそばのテーブルにマグカップを2つ並べ
た。
階下から響くどたどたとした足音を耳に確認しながら、それに熱いコーヒーを
注いで待つ。
窓越しに、可笑しな顔の雪だるまを見下ろしながら一緒に飲むために。
end
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