KISSIN' UNDER MISTLETOE
高3の冬、松山はサッカー協会の留学プログラム第一陣として1ヶ月のサッカー留学をす
ることとなり、11月末からここイングランドの某クラブに加わっていた。
「マツヤマ!」
そうしてその留学期間もまもなく終わりを迎える頃。
クリスマス当日のディナーに招かれて、松山はチームメイトのスティーヴンの自宅を訪れ
ていた。クリスマスは一人で過ごすつもりだと話した松山に、絶対に許さないと息巻いたの
は、家族ぐるみで親しくなったスティーヴンの一家だったのだ。
キラキラと飾り付けられたクリスマスツリーの周囲にはリボンでつないだカードが同じく
金や銀の文字を照明に反射している。
さっきみんなで鳴らしたクリスマスクラッカーから飛び出した色とりどりの紙テープやモ
ールがツリーの枝にまだ引っ掛かっていた。クラッカーから出てきた小さなマスコットは、
パーティのお土産として各自持ち帰ることになっている。
「もっと食べてね、まだプディングがあるし、ミンスパイも!」
「姉さん、俺たち、明日試合なんだけど。そんなに詰め込んだら走れなくなっちゃうから
ね、明日」
メインの食事を終えて、ディナーに集まった一同は居間に場所を変えておしゃべりやゲー
ムでくつろいでいる。
ビールのグラスを手にしたスティーヴンは、キッチンから元気よく飛び出してきた姉に苦
笑する。
「マツヤマは向こうで電話してる。なんでも日本から急な来客だっていうから、一度うちに
寄ってってもらえばって言ったんだ。駅からの道順を説明してるようだよ」
「まあ、日本から? 誰かしら」
「スティーヴン!」
ちょうどそこに松山がひょいと顔を出した。嬉しそうな顔で手招きをしている。
「あのな、俺、ここにいるから、着いたらここまで連れて来て」
「ここ?」
姉と弟は頭上を見上げて笑った。
クリスマスの伝統的な飾りつけの一つ、ヤドリギのリースがダイニングへ通じるドアの上
に下げられている。
「おや、まだ1個だけ実があるな。マツヤマ、こいつが狙いか」
クリスマスの無礼講の一つとして、そのヤドリギの飾りの下では意中の相手にキスができ
るという伝統的な決まりがあるのだ。そしてその権利はヤドリギの小さな実をもいだ者だけ
が持つ。今日のヤドリギはパーティの最初にほとんどの実がもがれてしまったようだが、最
後の一つがまだ残っていたらしい。
「そう。これは俺んだからな。頼んだぞ」
「…あ、着いたんじゃない?」
無邪気に目を輝かせる松山を微笑ましく思いながらスティーヴンと姉は玄関に急いだ。
「メリークリスマス!」
ドアを引いてそう叫ぶと、そこには一人の少年が立っていた。スティーヴンは固まる。
これは…マツヤマ?
「メリークリスマス。お招き、ありがとうございます。突然来てしまってすみません」
「い、いや…。どうぞ中へ」
折り目正しい英語で挨拶をしながら握手の手を伸ばす相手に、スティーヴンはまだ上の空
になっている。ホールまで来ていた姉も同じくぽかんと目を丸くしながら、来客が脱いだコ
ートを預かってクローゼットに掛ける。
「えーと。マツヤマの、兄弟?」
はるばる日本から着いたばかりという来客、三杉はにっこりした。
「そんなに似てますか?」
「……」
逆に問い返されて改めて観察すれば、体格も顔もそっくり…までは確かだが、態度や物腰
はかなり違う。いや、どこがどうと説明できないながら。
「おーい、三杉! ここ、ここ!」
居間に案内されると、その反対側の別の戸口に松山が立って手を振り回していた。招かれ
ていた人々も思わず注目してしまったが、その一切の頭越しに2人の視線はバチッとぶつか
った。
「よく来たな! まさかこっちに来るとは思わなかったからびっくりしたぜ」
「僕も入れ違いで年明けからオランダで3週間のプログラムに参加することになったから、
少し前倒しでこちらに寄らせてもらったんだ。君とクリスマス休暇を過ごせるように」
嬉しそうに言葉を交わす2人だが、その間に妙な緊張感が漂う。スティーヴンたちもその
会話の日本語がわからないまま、はらはらと見守っていた。
「で、なぜそんなところで動かずにいるのかな?」
「まあいいから、こっち来いよ、三杉」
「その上にあるのはヤドリギだと思うが…」
松山はちょっと目を見開いた。チッと舌打ちが聞こえたような。
「知ってたのか。俺は今日ここで初めて教わったのに」
「そりゃ有名な話だしね。年に一度のチャンスだと言うし」
三杉はゆっくりと戸口に歩み寄った。互いに油断なく視線を交し合いながら。
「1ヶ月ぶりだもんなぁ。会いたかったぜ、三杉」
「僕も、寂しかったよ、君がいなくて」
にっこり。
でも、この緊張感は何だろう。周囲の人たちはなぜかドキドキし始める。
あと一歩の距離で三杉は足を止めた。二人の視線が同時にヤドリギに向く。
「おおっと、動くなよ三杉」
「君こそ」
ぽつんと残る小さな白い実が一つ。2人の視線はそこにちらりと止まってまたすぐにお互
いの顔に戻る。
「渡さないからな」
「いや、僕がいただくよ」
「…あの〜」
そこに、その緊張を解くような遠慮がちな声が割り込んだ。
「どうせキスするんだったら、どっちが権利を持っても同じじゃないかな、って」
スティーヴンの言葉に、その周囲で固唾を呑んでいた者たちも無言でこくこくうなづいて
いる。
「確かに」
「そうだけどな」
その一瞬の隙に、松山が軽くジャンプしてヤドリギに手を伸ばした。三杉も同時に反応し
たが、最初からリースの真下に陣取っていた分、松山がわずかに早かったようだ。
実を握り込んだ手を上から三杉が押さえ、その体勢のまま松山は顔を寄せる。
「メリークリスマス」
「うん、メリークリスマス」
軽いキスはすぐに見つめ合いに変わった。周囲を取り巻いていた緊張がふーっと解けてざ
わざわと楽しげな空気が戻ってきた。クリスマスに再会という幸せなシチュエーションはそ
の場の彼らにも違和感なく受け止められたらしい。
「いやぁ、仲良し兄弟なんだねえ。紹介してくれよ、マツヤマ」
スティーヴンがほっとしたように話しかけてきたので松山は振り向いた。
「仲良し?」
兄弟という言葉ではなくそちらに反応する松山だった。
「違うぜ。俺たち、仲良しじゃなくラブラブ」
「はい?」
せっかく和んだところだったのに、スティーヴンはまた疑問の渦に投げ込まれる。
「さあ、松山。次は僕がもらうよ」
「なにー」
「キスは君に取られたけど、その先は僕がもらうから」
「ダメダメっ! 一度取ったんだからこの先もずっと俺んだ!」
楽しそうなのは間違いなくて、兄弟げんかでもなさそうなのだが、なぜかすごくすごく口
出しがしにくい。
「クリスマス休暇は長いんだ。君だけに渡せないな」
「俺だって渡せないからな」
何の話かは聞かないことにしよう、とスティーヴンは賢明にも思った。
「じゃ、じゃあ2人ともとにかく座って。ケーキもあるし、それにビールも」
一家団欒。楽しいクリスマス。深く追及さえしなければ。
再会した幸せな二人にも、きっと。
ヤドリギの下で、キスをあなたに。
【 END 】
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