魔法のコトバ




「よー、松山、彼女からプレゼントが届いたって?」
 開いたままのドア越しに冷やかしの声がかかった。
 何人かのチームメイトがわざわざ覗き込んでニヤついている。
「何が入ってるんだ、ん?」
「うらやましいよなぁ」
「るっせぇ! おまえらに関係ねえだろ!」
 松山はさっき受け取ってきたばかりの荷物を開けようとしていたところだった が、不機嫌さもあらわに野次馬を追いたて、ドアを締め切った。
 改めて椅子に掛け、膝の上で段ボールを開く。
 中から出てきたのは…。
「ハチマキ…?」
 どこかで見たアイテムである。
 が、それはただのハチマキではなかった。
「…なんでこうやたら長いんだ?」
 引っ張っても引っ張ってもずるずると出てくるどこまでも長く白いハチマキ。
「はっ! こ、これは…?」
 まさかと思いつつ目を凝らした松山の手が止まった。
「…白い布に白い糸で――」
 そう、一見ただの白いハチマキに見えるそれには丹念に文字が縫い取りされて いたのだ。
 いつか、どこかでの懐かしい思い出が松山の脳裏を過ぎていく…。
『おおっとー、日本、ボールを奪い返したぁ!』
 そして試合当日。
『ああっ、こ、これは…!?』
 絶叫していた中継アナがその瞬間息を飲む。
『これはどうしたことか、12番松山選手の姿がみ、見えませんっ! ボールが …ボールだけがドリブルされて行くー!』
 緑のフィールドの上を進むボール。
 相手選手たちが呆然と見守るその間を縫って、松山がドリブルで駆けていた。
「えーい、もうヤケだ、ちくしょー!!」
 長い長い長いハチマキをなびかせながら、松山はひたすら突進していく。
「がんばって、松山くん…v
 おそらくはテレビの前でうっとりとその雄姿を見守っている少女、藤沢美子。



 この日、松山は一途な少女の思いを込めたハチマキで――その般若心経278 文字の縫い取りで――耳なし芳一と化したのだった。
(恋する彼女にだけは見えていたに違いない…。)


 end
初出「しましま3」