青春生き残りゲーム
芝生の上に伏せていた顔を、新田は必死に持ち上げた。
「…も、もう一回」
そうでなくても霞みかけた視野に、さらに汗が目ににじんできて前がよく見え
なくなった。
「やめとけ。もう限界たい」
「うう――」
新田はその声になんとか意識を持ち直す。声だけは出た。
「まだまだ! 今度こそ決めてやるんだ」
「自分の限界を知るのも大事たい」
「次藤さんには言われたくないんスけど」
新田は無理やり顔をひねって横ざまに上を向いた。はるか高いそこに次藤の不
敵な顔がある。
「骨折れてんのに、交替をしぶったようなヒトに」
「ずいぶん昔んコト言いよる」
次藤は頭上で豪快な笑い声を上げた。
「つぶれたヤツから拾ってけて言われたと。さ」
「オレ、まだつぶれてないし!」
跳ね起きた新田はそこにあぐらをかいた。実はそれ以上は力が入らず、そこま
でが精一杯だったのだ。次藤の言葉が正しいのが悔しかったらしく顔をしかめて
睨み返す。こちらに向かって差し伸べられている手はあくまでも無視しながら。
「なあ新田」
そんな態度にも次藤は気にする様子はない。
「その負けん気はよか。ばってん張り合う相手ば間違ごうたらいかんと。勝つ相
手は他のヤツやのうて、あくまで自分ばい」
このチームでレギュラーの座を取るのは簡単ではない。新田にはそれが大きな
課題であり、そしてプレッシャーでもあった。
負けたくないという気力は、しかし別の方向性もあって、それが次藤への意地
になっている。
「どうしても勝ちたい時にええかっこばできん。そん時そん時の自分の限界を見
極めてその限界いっぱいで勝負すると。かっこ悪か。ばってんそれが強さたい」
「…それ、ケンカの話になってないスか? オレ、ケンカじゃなくサッカーで勝
ちたいんスけど」
「同じことたい。ワシはこれでケンカに負けたこつばいっぺんもなかと」
次藤の手につかまれて体を引き上げられる。もう、抵抗する力は新田にはなか
った。立ち上がらせるのかと思ったら、そのまま体が宙に浮いてあわてる。
「ちょ、ちょっと次藤さん、何すんですか。歩けますってば!」
「まあまあ。口だけは元気のあっと」
次藤は既に歩き始めていた。クラブハウスの方向へと。
「だから! なんで抱っこなんですか! 下ろしてくださいよ!」
騒ぐ新田の声に、向こうのほうで同じく座り込んでいた数人がこちらに気づい
てにやにやと見送っている。
「しょんなか。背中はもうふさがっとっと」
「…え?」
抱き上げられて、次藤の肩のあたりに手があることにその分高くなった目線か
ら初めて気づく。
「新田、うるさいし」
肩の向こう側でもぞもぞっと動くものがある。次藤の背中にぐったりとしたふ
うにしがみついているもう一人が肩越しに新田を見下ろしていた。どうやら新田
と同じくつぶれて拾われたクチらしい。
「さ、佐野…?」
新田は胸にちくりと痛みを感じた。いかにもこれが定位置だというように次藤
が佐野を背負っているその姿――そして動けなくなった体を全面的に預け切って
いる佐野の様子が新田を動揺させる。
「お姫さま抱っこしてもらって、うらやましいヤツ」
しかしそんな新田の表情に気づいているのかいないのか、佐野は冷たく言うば
かり。はっとなった新田はじたばたと暴れかけた。
「あ、あのなあ、これは次藤さんが勝手に…」
「なに言い訳してんだか」
またコテンと背中に頭を預け、佐野の顔は隠れてしまった。
「よかよか。おまえらはこんくらいで張り合うとってちょうどよか」
「何のことですか、次藤さん…」
抗議の声だけ、その背後から聞こえてくる。
「さあのう」
豪快に笑う次藤に、こちら側の新田は反論する気力をついに手放した。
「おまえのヤキモチはわかりやすくていいよな」
「うう〜」
反対側からふてくされたような声が掛けられたが新田は反論しなかった。
「新田?」
次藤がその顔を覗くように見下ろした。
「抱っこが嫌なら肩車にすっと? たかいたかいがよかと?」
「わ〜、やめてくださいってばー、次藤さーん」
からかい甲斐のある後輩たちを軽々運びながら次藤はまた嬉しそうに笑った。
end
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