ヒバリのこころ
「まあっ、美子ちゃん」
現われた弥生は、赤い目をして立っている美子を見てぱたぱたと駆け寄った。
「どうしたの、一体?」
「…弥生ちゃん」
顔を上げた美子はまだ目を潤ませている。
「うちの両親が、松山くんとの結婚に反対なの」
「えっ!」
弥生は目を見開いた。
「私、一人娘でしょう? 松山くんも長男だからって」
「そんな!」
弥生は憤った。
「今どきそんな理由で反対なんてありえない! 本人同士の気持ちが最優先に決
まってるじゃない!」
「でも…」
美子の両親は非常に厳格で、娘には一切逆らうことを許さないという家庭であ
ることは弥生も話を聞いて知っていた。
またうつむく美子に、弥生は明るく声を掛けた。
「いざとなれば駆け落ちしちゃいなさい。それとも…」
言いながら弥生はあたりをきょろきょろと見回す。
「いっそ他の人に乗り換えちゃえば?」
「まあ…」
いたずらっぽく笑う弥生に、美子も驚いて目を丸くした。
「でも松山くんに似てるからって淳はだめよ。岬くんか、反町くんか――ああ、
だめだわ、2人とも長男」
弥生は宙を見上げながら指を折り始めた。
「翼くんも日向くんも長男よね。井沢くん、滝くん、高杉くんもそうよね。来生
くんと石崎くんは末っ子だけど上はお姉さんばかりでやっぱり長男だし。ええ
と、早田くんも次藤くんも、新田くんも佐野くんも沢田くんも――どうしてこう
長男ばかりなの!」
数えていくうちにあせり出す弥生を、美子は涙も忘れてぽかんと見つめてしま
っていた。
「…ついでに、シュナイダーくんもピエールくんもミューラーくんも長男よ!」
「や、弥生ちゃん…?」
なんだか最初の主旨を忘れて弥生がムキになり始めたので美子はおろおろす
る。弥生はそこでぱっと美子を振り返った。
「じゃあ、長男じゃないのはこれだけってことね」
びしっとつき出した指は3本。
「若林くんと若島津くんと森崎くんよ!」
「ひえ〜っ」
と声には出さず、美子は絶句した。いきなり、心の準備もなく突きつけられた
その候補は彼女にはかなりの重量感と圧迫感があったようだ。
「さあ、この中から選ぶのよ!」
「…い、いや〜っ」
松山一筋の純情少女にはたとえ仮定の話でも耐えられなかったらしい。
候補者当人からすればとっても失礼な悲鳴を上げてしまう。
「――わ、わかったわ、弥生ちゃん。私両親がなんと言おうと戦う。松山くん以
外はありえないもの」
「そうそう、それでいいの」
美子の肩を抱えて弥生もにっこりと励ます。
「私も絶対応援するからね、がんばってね」
「ありがとう、弥生ちゃん」
とっても納得しながら賑やかに言葉を交わす2人の少女は、実はもう一人いた
「次男」のことをすっぱりと忘れるという失敗に気づかずにいた。
そう、双子は必ず一人は長男にはならないんですよ。
「三杉も松山もエライよなぁ…」
通りすがりにうっかり少女たちの会話を聞いてしまった立花兄弟は、立ち直っ
た美子と楽しげな弥生が向こうに立ち去っていくのを見送りながらため息をつい
ていた。
end
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