会いに行くよ





 自分の胸元にただぎゅっと顔を埋める翼に、岬は困ったような視線を向ける。 「翼くん…」
「……」
 返事をする代わりに、翼はさらに深くもぐり込んでくる。シャツ越しに翼の息 が温かく感じられるほどに。
「どうしたの?」
 見下ろす背中が細かく震えている。少しためらってから、岬はその背に両腕を 回した。
「ごめんね」
 その岬の腕の中で小さく声がする。
「都合のいい時にだけ、ごめんね。俺、ズルイよね」
「……」
 岬はその言葉にふと口元を緩める。
「僕はいいから。君が必要ならいつでも来ていいんだ」
「…うん」
 ほんの少し体を動かして、翼はうなづいたようだった。
「ありがとう。でも…ごめん」
「いいんだ、僕は」
 それが僕の役目なら。僕はわかってるから。
「君が苦しい時は、そしてそれを誰にも見せられない時は、僕のところに来て、 いいんだよ」
「岬くん…」
 ぎゅっとまたしがみつく腕が、その返事代わりだった。痛みは共有できない。 でも、こうしていると共有している気になれる。錯覚だとしても。
 岬の胸元で、翼が息をついた。
「うん。…ありがとう」
 ゆっくりと上げた顔が、岬を見上げた。やわやわと昏い眼が岬を見つめ、そし てそこには何も、なかった。
 両腕が、何もないそこに、抱えた形のまま残される。
 岬は自分の胸元に、そっと息を落とした。
「いいんだ。いつでも…いつでも来てくれて、いいんだよ」
 腕を下ろして岬は目を閉じる。その顔に静かな微笑を浮かべて。
 遠くへだたった、あの真夏の国から、いつでも会いにおいで。


end