五千光年の夢





どんな言葉も僕を裏切る。
言葉にした途端に、僕の手から消えてしまうものがある。
だから僕は決して言わない。それを言わない。
ただそのかたちを、暖かい手触りを抱きしめるんだ。

ふと目覚めると君は小さな子供のように僕の胸元に体を丸めている。
まるで何かを欲しがるように腕を伸ばしている。
君が眠っている今なら、僕は君にあげられる。君が欲しいものをなんでも。
眠っている君に、僕は言葉を渡す必要がない。
君も、僕の言葉を欲しがらない。
そんな今なら、きっと。

僕らはお互いの欲しくないものを知っているから。
絶対に欲しくないと知っているから。
ただ抱きしめ合うんだ。触れ合って、キスをして。
そうしてこみあげる熱いものを感じたい。それだけでいい。
言葉は、そこに必要ではないから。
言葉の代わりに、君がいて僕がいるから。
それだけで、いいんだ。

ふと目覚めた夜明け前に、僕の腕の中の君が動く。
目を閉じたまま、その口元が小さく動く。
だめだよ、たとえ寝言でも僕は聞きたくはない。
君は君の夢の中で君だけの言葉を捜せばいい。
僕はこちら側で、君を待っているから。

でも、言葉のない眠りの中で君の口は何も言わずに
また腕を伸ばして僕を探り当てる。
暖かいその手で、暖かいその体で。
そう。欲しいものはきっとどこかにある。
君のその手の先よりもほんの少し向こうに。
僕の手もいつかそこに届く日が来るのだろうか。
言葉のないそこに、暖かくて確かなかたちが、あるのだろうか。
それを知っている君はまた少し動いて眠りの中に深く沈んでいく。
口元には言いそこねた言葉の代わりに小さな笑みが残っている。

目覚めてしまった僕はもう眠りに戻れないから
ただ君を抱き返す。
君の眠りが、君の夢が、僕からどんどん離れていくのを待ちながら。
君のこの暖かさだけを抱きしめれば
それは僕を裏切らない。
言葉のない今だけは、僕のもの。


end